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総合化学メーカーの三井化学株式会社(東京本社)は、今年4月、貴金属メーカーのヘレウス社(Heraeus Holding GmbH/ドイツ)から、ヨーロッパや北米を中心に展開する歯科材料事業を譲受した。石油化学製品を主力事業として展開する同社がなぜ、ポートフォリオを変えてまでヘルスケア事業を重点強化し、その柱に歯科材料事業を置いたのか。そして、ヘレウス社を選んだ理由とは―同社の代表取締役副社長執行役員である越部 実氏に話を聞いた。
―近年,日本における歯科市場の成長率が低迷しています。それが、ヘレウス社の歯科材料事業を譲受する主な理由だったのでしょうか?
越部氏:当社は総合化学メーカーで,主力事業である石油化学や基礎化学品が売上の約70%を占めています。当然のことながら,原油価格の影響は避けられません。
特にリーマンショック以降のひどい状況では,成長性と永続性のある将来像が描けないということで,景気の変動に左右されない,また,原油価格に影響されない事業を増やしていく方針に切り替え,事業のポートフォリオを変えて,ヘルスケア事業を基本戦略の大きな柱の1つとしてやっていこうということになりました。
当社はもともと医薬事業を展開していましたが、すでに売却しました。一方、ヘルスケアの分野ではメガネレンズモノマーを展開し,これが世界トップシェアとなりました。
そして次の柱として、30年余りの実績がある「サンメディカル」という歯科材料の子会社を世界で展開できる規模にまで拡大していこうと考えましたが,そのためには20~30年はかかる。そこで,思い切って歯科材料分野のグローバルな基盤を持った大きな会社を買収しようということになりました。
他の会社も候補にあがりましたが,日本国内ではなく,世界で歯科材料事業を展開しようということでヘレウス社から事業を譲り受けたということです。
―ヘレウス社の歯科事業譲受を決心された要因は?他の企業も比較検討されましたか?
世界の歯科材料メーカーでトップ10に入っている企業をリストアップし,さまざまな角度から検討して数社に絞り,最初にコンタクトしたのがヘレウス社でした。
決め手としては,ヘレウス社がこれから伸びると予測されるデジタルサービスのCAD/CAM事業を買収して拡大しようとしていることで候補としました。一般のオールドファッションの歯科材料は世界の人口増に合せて伸びていきますが,これからもう少し伸びる分野はCAD/CAMなどのデジタルサービス部門と考えていましたので。
もし,ヘレウス社にデジタルサービス部門がなかったら,それを行う企業を買収する必要があったと思いますが,CAD/CAM事業を伸ばそうとしていたことは,非常に大きな要因でした。
特に、当社はポリマーをたくさん持っているため,その技術が使えることも選定上の大きな要因といってよいと思います。
―ヘレウス社は、ヨーロッパや北米ではよく知られてる歯科材料メーカーですが,これらの市場拡大を目指しているのでしょうか?
そうです。もともと同社は歯科用接着材「スーパーボンド」を主力製品とするサンメディカル社を持っていましたから,北米やヨーロッパで販売しようとしましたが,なかなか伸びませんでした。
やはりなんといっても,高価格帯材料のマーケットは欧米ですから,欧米で販路を拡大したいという考えはもともとありました。ヘレウス社はヨーロッパではもちろん、北米でも非常に大きな基盤を持っていますので,ここを足掛かりに、サンメディカル社の事業基盤も大きくしていきたいと思っていました。
―国内の歯科材料事業において,本事業譲受からどのような相乗効果を期待していますか?
シナジーとしては,当社が持っている技術とヘレウスクルツァー社(Heraeus Kulzer GmbH/ドイツ)の販売網を組み合わせられるのではないかと期待しています。
化学産業分野の企業は意外と歯科材料事業からは,撤退しています。かつてバイエル社やデグサ社が歯科材料事業もやっていましたが,撤退して結果的にヘレウス社が事業を行っていました。
90年代ですから,まだレジン系材料に変わっていない時代でした。しかし,最近では多様な審美的な要求に応えるコンポジットレジン系やハイブリッド型の新素材などに変わってきまして,当社のポリマーの技術を新しいデジタルサービスに活かしたシナジーを期待しています。新しいポリマーで新しい歯の材料を作っていきたいなと。
いまのところMMAがデファクトですが,違うポリマーを作りたい。その中でキーポイントとなる技術は、CAD/CAMや3Dプリンターあたりになっていくのではないかと考えています。
また,ヘレウス社は,欧米マーケットは強いですが,アジアはそんなに強くない。そのかわり当社は日本を中心として東南アジアは強く,タイやインドネシアやマレーシアなどマーケット情報はかなりあります。うまくマーケティングしていけば,東南アジアできっとヘレウスクルツァー社のブランドをもう少し大きくできるんじゃないかと思っています。
当社と彼らは強い部分と弱い部分をうまく補完できるのではないか思います。
―30年以上に渡って国内歯科市場で活躍するサンメディカル社。現在では,どのように位置づけ,事業展開されていますか?
サンメディカル社はヘレウス社と比較すると規模が小さいですから,ヘレウス社を上位に置き,下にサンメディカル社を置いて事業運営する方向で協議を開始しています。
当社の歯科材料事業の本社は実質的にドイツへ移し,そこからグローバル展開をしていくことになります。また,サンメディカル社はその戦略に合せて事業拡大していくことになります。
―貴社歯科事業においてヘレウス社はどのような役割を担うのでしょうか?また,将来の展望についてお聞かせください。
冒頭に申し上げたように,当社はヘルスケア事業を大きくしていきたいので,将来は当社のコア事業にしていきたい。
歯科材料事業もコアにしていきたいということで,今,ヘレウス社と当社のグループ企業を足すと売上高は500億円弱の規模ですが,これをもう少し大きくしたい。モデルとしては3M社のようにM&Aを重ねながら大きくしていければと思います。
ヘレウス社から譲り受けた歯科材料事業は,ヘレウスクルツァー社のときよりも拡大を加速させていきたいと考えています。
―ヘレウス社は事業譲受後もそのまま経営が存続されます。貴社の経営決定権はどれだけの影響を持ち,貴社歯科事業において同社の地位をどのように評価されていますか?
三井化学グループ全体の経営資源の中で判断していくことになります。そうは言っても当社はヘルスケア事業に軸足を移そうという経営戦略を持っていますから,優先順位はかなり高く,投資も優先的にやっていけるのではないかと考えています。
ヘレウス社は完全子会社ですから勝手に投資を行うのではなく,当社でマネージしながら,全体のバランスシートを考えながら事業拡大していくことになると思います。
また,ヘレウス社の方は、経営資源が大きく使えるのではないかと期待されているようです。その意味では,期待には応えられるのではないかと思っています。
―貴社は,米国「DENTCA社」の株式も取得されました。これは,将来的に特に歯科事業拡大を目指しているのでしょうか?現在,他の歯科医療メーカーを買収する機会を検討されていますか?
患者の口腔内のデータを読み取り,コンピュータに蓄積してフルデンチャーやパーシャルデンチャーを作製し,そのままネットに載せてアマゾンで売るという,DENTCA社のような方法もひとつのビジネスモデルとして有り得るのかなと。
もう一つ我々が欲しかったのは,DENTCA社が持っているデータの蓄積法です。データ蓄積法に関するノウハウを彼らは非常にたくさん持っていまして,それを歯科材料事業展開の武器にしたいなと思い,買収したということです。
DENTCA社は歯科医師が起こしたベンチャー企業で,患者から読み取ったデータをそのままCAD/CAMに使うのではなく,自分たちの経験に基づいてデータを加工しているんです。当社は残念ながらこのデータの加工技術を持っていないので,今後,歯科医師や歯学部卒を社員として採用しないといけないと思っています。
これからの時代を考えますと,患者だけではなく,人のデータをとること自体がひとつの蓄積になっていきますね。たとえば,胃カメラのデータをとり,そのデータを同じ病院で長期間にわたり追跡するということと同じことが歯科医療の世界でも起こるんじゃないかと思います。
そうなると,いつどのようにその人の口腔内の状態が変化したかがわかりますし,たとえば,入れ歯が合わなくなったときにタイムリーに治していけるんじゃないかと思っています。コンピュータの記憶媒体の容量も巨大化し,何十億人というビッグデータが入るようになりましたから,そういう細かいデータの蓄積も含めてさまざまな可能性を秘めていると思います。
再生医療の分野でもiPS細胞で臓器の置換医療の開発が図られていますし,歯科の分野でも今後はどんどんいい形に変わっていくでしょう。そうすると人間のQOLに対する要求内容も大きく変わってくると思いますし,人生 80年の時代,健康に脳が働くためにも口腔の健康をしっかり守ることが大切です。
我々は,楽しく話せて楽しく食べられる,そういったところの実現に向けて,歯科医師や患者の方々に喜ばれるような歯科材料を作っていける,新しく提案できるような会社を作っていきたいと思います。
他の歯科医療メーカーの買収については,自力で成長できる部分は自力でやります。当社の足りない部分を補完する企業があれば検討の可能性もあるでしょう。今はもう,世界に打って出なければ生き残れない時代になりました。世界に自分たちができるものを探したとき,既存の自動車材料事業などにも注力していきますが,目や歯に関わるヘルスケア事業を柱として,グローバルに拡大展開する中で社会貢献をすることが一番大事だと思っています。
人生を楽しむということに対して企業として何ができるのか―。特に我々は製造業として,この視点を持つことは大事だと思いますし,そこにビジネスとしてのチャンスもあると思います。
貴重なお話をお聞かせくださり有難うございました。
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