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第3回(最終回)では,救援活動から見えた歯科医師が備えるべきものを考えたい。 診療所のある土地の特性に応じた防災対策を練ることや,地域連携を平常時からはかり,いざというときに助け合える関係性を構築しておくことも大切である。しかし,目の前の患者(被災者)から求められる役割を果たすことも重要だろう。 私たち歯科医師は歯科医療のみならず,医療,保健,健康,そして地域の一員として救援活動に取り組むときためには「コミュニケーション力と柔軟性」が必要であろう。
人付き合いが生きてくる
結局のところ,歯科単独での復興活動は,なかなか難しいと思われる。そうなると,地域と歯科とを結びつけるには医療各分野はもちろん,介護福祉などの業界との連携が不可欠となってくる。
土地も仕事上の付き合いもなくなると,残っているのは人だけとなる。どの世の中でも同じだが,特に人を診る医療においては,「人付き合い」はとても重要である。人と人が足りないところを補完しあいながら人に関わる限り,コミュニケーションはとても大切なものとなる。
実際に,東日本大震災後の日本歯科医師会からの歯ブラシなどの歯科支援物資の発送は,運送トラックの確保に時間がかかり,2週間弱の日数がかかってしまったが,その間,避難所には歯科支援物資が全く届かなかった,というわけでもない。地域の歯科医師会や歯科衛生士会などが中心となり,歯科材料メーカーや組合から支援物資を届けてもらったり,歯科とは違う人付き合いである青年会議所などから支援をしてもらったりしたと聞く。支援物資は届いてもガソリンや車がなくて配送できないという時もあったが,普段から協力体制のある警察歯科医会の先生方が,非公式ながら警察や自衛隊に搬送を依頼したこともあったようだ。
有事の際にはとにかく人が助け合うしかなく,普段からの人付き合いは確実に生きてくる。身ひとつで逃げた場合,手元にあるのは,財布と携帯電話くらいである。かつて海外旅行に行くときは,荷物を盗まれたり身ぐるみはがされたりした時にそなえて,貴重品や連絡先などを別に管理するということもあった。大災害は,あっという間にかけがえのない生活からすべてを奪い去っていく。その時に手元に残るものは,ポケットに入った財布と携帯電話と,もはや使うことのできない鍵くらいだ。
その時に,携帯電話を通じて「大丈夫か? 何か要るか?」と連絡をくれる人,そして,「悪いんだけど,助けてくれ!」と頼める相手が,どのくらい居るかは,大きな違いである。もちろん,同じ境遇に立たされた者同士は,一致団結して物事にあたり,そして仲間となる。被災後に生じた人付き合いからもまた,大きな被災を受けた各地で新しいものが始まっている。
【図4】復興商店街
「必要とされている」感が大切
歯科の人たちは,仕事を休んでいると,自分がダメになる,心が荒んでくる,と言う。被災しながらも歯科支援活動をしていた人たちは,「自分の使命というものに動かされていたあの時期,何も考えずに前だけを向いていられたのは本当にラッキーだった」と言う。仕事をしてようやく,人間としての営みを得たということなのだろう。特に歯科は,仕事をするという至極当たり前のことをするだけで,患者さんに「ありがとう」と言ってもらえることの多い職種である。この付き合いがなくなると,孤独感を強く感じるのかもしれない(この関係性に普段から甘えている自分に反省するところでもある)。
「自分の仕事」はどんな人にとっても大切である。もともとの仕事で再興できる人もいるが,できない人たちも多くいる。もともとの仕事に固執するのも大切なことだが,固執しすぎると再興までに長期化を覚悟しなければならない。今,成功しているように見える人たちはみな,今できることをやっている人たちで,幸い被災前と同じ仕事ができている人もいれば,そうでない人もいる。
ただ,とにかく何かできることから,という気持ちで前向きに動いていることは,周りの人たちによい影響を及ぼし,地域を活性化し,いつしか自分に返ってくることが多い。人以外のすべてを喪失しても,人と人とのつきあいを大切にして,できることに柔軟に対応していくことができれば,必ずや地域から必要とされる時が再びやってくるにちがいない。
地域で備えるべきこと
まずは自分を,そして自分のまわりの人を守ることが大切だ。自分の診療所のある土地の特性に応じた災害を想定し,家族,職員,患者が守られるように,防災の対策を練っておく必要がある。もちろん人の命が優先だが,さらには衣食住の環境も守られるように,対策を練らなければならない。
もちろん,どんな対策も,すべてを防ぐことはできない。しかし,なるべく防ごうと思って対策を練っていれば,せめて,被害を最小限に留めることはできるだろう。いわば,減災となるだろう。
自分とまわりを,なんとか動ける環境で守ることができたら,次いで目を外に転じ,地域で救助を求めている人に手を差し伸べなければならない。いわば,公的支援の公助が来る前の共助の部分となる。公助は3日は来ないと想定するべきであり,その間は地域単位での自助,もしくは共助をするようにという指針が多く出されている。また,阪神・淡路大震災においては,自助66.8%,共助30.7%と,公助は1.7%にしかならず,いかに自助および共助が重要かがわかる。
お互いが助け合うには,もともとの情報が必要である。そこに誰か住んでいるのか,どんな人が住んでいるのか,そういう情報があってはじめて,探しに行くことができる。自治体単位で,要支援者リストを作製し,災害時にはそれを開示して救護に役立てようという体制づくりが進んでいる。もちろん,歯科という分野からも要支援者に対して直接的に関わることもあるが,まずは歯科という業界の相互自助が必要となる。そこで,歯科医師会などの歯科の付き合いとともに,地域包括ケアなどでの地域の医療福祉従事者・福祉保健行政との連携が大事になる。
言い換えればもし,自分と自分のまわりを守ることができなかった時には,誰かが助けに来てくれることにも結び付く。自分に対する防災・減災対策の一環とも言えるだろう。よって,平常時に地域での連携を構築しておくことは,災害時に自分を救ってくれるという意味で究極の防災対策とも言えよう。
【画像5】地域の多職種でたちあげた「食と健康を考える会」のワークショップ
あとは柔軟性
では,地域の歯科医師会などの付き合いとともに,地域包括ケアで連携するような医療福祉従事者とのつきあい,地域福祉保健行政との連携があれば,災害時の歯科の対応は十分と言えるだろうか?
確かに,歯科の対応としては十分かもしれない。しかし,歯科はあくまで医療の一部であり,保健という健康対策の一部でもある。災害には必ず,想定とは違う側面が含まれているものである。したがって,歯科という対応も必要だが,今,目の前の患者(被災者)から求められる役割を果たすことも重要だろう。
たとえば,震災直後の大混乱のうちに,とにかく患者を帰して職員とともに避難したら,津波で町がなくなり,そのまま避難所にいる「医師」と名のつく唯一の人間となってしまった歯科医師がいる。なにせ診療中に避難したから白衣も着たままだったそうだ。雪の降る寒さの中で,2350人もが避難した体育館はイモを洗うような状態であったという。冷たい床にゴロ寝をし,上下水道は通じず,保健師が衛生管理に務めていても具合の悪くなる高齢者は多くいた。日中に一度,がれきの中を1~2時間歩いて町立病院(当時)から医師団が来てくれたが,町外から支援の医師団が来るまでの3日間,1日の22時間ほどは孤立した無医村の唯一の歯科医師となった状態だった。そこで,胸が痛い,呼吸が苦しい,薬がなくなった,という高齢の方々がきても,形ばかりに血圧を測ってみることくらいしかできなかった。水の引かぬ真っ暗な中を患者さんを畳に載せて何時間もがれきの中を進み,町立病院にたどり着くのは事実上不可能であり,声をかけ続けながら翌日の医療団の到着を待つしかなかった。その時の歯科医師の心情を推し測ると何とも切ない。当時を振り返って彼は,歯科はもっと医科の勉強をしなければいけないとしたたかに思い知ったと反省されていた。しかしその一方で,保健師からは「先生がいてくれて本当に心強かった」とねぎらいの言葉もかけられたという。どんなことであろうとも,いざという時には皆でできることを精いっぱいカバーしあうことが重要なのだろう。
歯科といえども歯科のみに非ず,医療,保健,健康,そして,地域の一員として,柔軟に対応すべきだろう。むろん,柔軟に対応するにはある程度広い知識をもちあわせないといけないが,その上でもともとの広い人付き合いがあれば,必ずや必要とされるにちがいない。地域に生活する人間のひとりとして,仲間のために自分のできることからはじめていけば,いつか自分の専門分野を要望されるときが来るだろう。その時にいかんなくその能力を発揮するために,災害対策にあわせた訓練を平常からしておく必要があろう。
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