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ヒト型患者ロボット「シムロイド®」が変える歯科教育

ヒト型患者ロボットシミュレーションシステム「SIMROID (シムロイド)®」 (Photo: DTJ Aiko Komori)

水. 10 7月 2013

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 歯科治療は怖い?そう考える人は多い中,患者だけでなく歯学生・研修医らの希望となるべく立ち上がったプロジェクトがある。平成17年,文部科学省の「地域医療等社会的ニーズに対応した医療人教育支援プログラム(医療人GP)」に選定されたことをきっかけに,日本歯科大学附属病院・株式会社モリタ製作所・株式会社モリタ・株式会社ココロが7年の歳月をかけて開発,昨年秋に販売を開始したヒト型患者ロボットシミュレーションシステム「SIMROID (シムロイド)®」である。これには,驚くべきことに,歯科医療者が備えるべき臨床技能だけではなく“Heart(態度・習慣・接遇)”を学ぶスキームが搭載されている。これらはどのような想いから作られたのか―日本歯科大学附属病院 総合診療科教授 秋山仁志氏,矯正歯科 医長 宇塚 聡氏に話を聞いた。

―シムロイド®の開発経緯を教えてください。
宇塚氏(以下,宇塚):臨場感をもって歯科診療実習を実施することはできないだろうか―。従来から,歯科医学教育では低学年から口腔模型を使った臨床技能を学ぶ実習に多くの時間を費やしてきました。しかし,いざ病院実習で患者を目前にすると,実習生は頭の中が真っ白になり,どのような処置をすれば良いか戸惑う場面を散見します。一方,平成17年頃から“全人的医療の実現”が世間で注目されるようになり,「スキルラボ(医学部生らが実際の診療環境を再現して自己研鑽する場)」を大学病院内に導入する動きが全国的にはじまりました。

 

そのような折に,文部科学省の補助金である“医療人GP(Good Practice)”において,本院の「体感型人体模型による擬似的診療体験(主任:渋井尚武先生,平成17年~19年)」が採択を受け,歯科医学教育用シミュレーションシステムの開発に取り組みました。このシステムは日常臨床で実際に使用する器具機材を使用して研修することを目的としており,頭の中の構想をいかに具現化するかで何度も壁にぶつかりました。

 

それでも,何とかシステムが完成し,“2007国際ロボット展”にも出展することができました。その反響により,このシステムの必要性を確信しましたが,当時のシステムでは頻用するにあたり皮膚の素材や音声認識などのロボットを作動させる技術などで改良の余地が沢山ありました。そこで,今度は独立行政法人科学技術振興機構(JST)の独創的シーズ展開事業(独創的シーズ展開事業)の補助金を得て,「歯科臨床教育用ヒト型患者ロボット“シムロイド®”の開発(主任:羽村章先生,平成21年~23年)」を実施し,市販化を目指すこととなりました。

 

シムロイド ®は患者ロボット,歯科用診療ユニット,患者を作動させるGUIの3者から構成されていますが,歯科用診療ユニットは基本的に市販されているため,主に患者ロボットとGUIの開発に取り組みました。その中では,人に近似した動きを再現させるために,ロボットの作動や材質の開発を実施し, GUIは内容の充実とタッチパネル式とすることに成功しました。

 

学生が“自己学習”するためには学生の研修スピードに合わせて実習が自動的に進み,実習終了後には冷静に見直せる仕組みが必要です。教育現場には“フィードバック”という概念は存在しつつも,部分的にビデオ撮影して本人に見せる程度にとどまっていました。そこで,このシムロイド®では,実習過程がすべて映像として時系列で管理され,フィードバックすることができるようにしました。すると,本人が自覚しない手技や話し方の癖を自己チェックしたり,指導者の指摘に納得できなくても,映像を見ることで冷静に見直し,自己改善つまり自己学習が可能となったのです。

 

―シムロイド®を使った自己学習でどのようなことができますか?
秋山氏(以下,秋山):臨床技能習得課程の流れや会話をシナリオとして組み込み,う蝕や歯周病の治療,さらには矯正治療で使用するブラケットの装着法など,さまざまな治療を想定した実習をすることができます。将来的にはインプラント治療にも対応することを計画しています。現在は主に当院生や研修医が病院内のスキルラボで使用していますが,来年からは学部4年生を対象とした臨床基礎実習にも適用することが決定しており,臨床技能だけでなく患者とのコミュニケーションや声掛けにも対応した研修内容を実施する予定です。

 

宇塚:本院では学部5年生から病院実習がはじまります。病院実習までには,学年ごとの定期試験以外にも共用試験(OSCEやCBT)に合格しており,学生の技術や知識は十分なはずである。しかし,いざ患者に接すると頭が真っ白になり,動作が止まってしまうことがあります。シムロイド ®はヒトに近い反応を示すため,研修者にとっていい意味で緊張感やストレスも与えられます。そこで,日常臨床を再現できる環境で研修を積み,自信を持った状態で患者に接遇できるようにと,実際の人間より少し難易度の感度を上げています。

 

―シムロイド®は,具体的にどこまで反応できるのでしょうか?
宇塚:たとえば,人(術者)は無意識のうちに最短距離で物を動かそうとしますが,患者は目の上を器具が通ると恐怖を覚え,胸や肩に触れると不快を感じます。シムロイド®も同様にそのような嫌悪感を察知し反応するように作られています。また,印象を採得する実習のために嘔吐反射を発現させるセンサーを口腔内に装着していますが,そのセンサーは実際の患者が不快を感じる部位ギリギリに厳しく設定しています。繊細な患者に緊張感を持って接することができ,これをクリアすることで一般診療において診療能力を十分に発揮できることを目指しています。

 

―シムロイド®では,音声認識処理されているようですが―。
秋山:外国語教育にも対応すべく英語の音声認識も搭載しています。たとえば,第一大臼歯のう蝕治療では,「今日は麻酔をして歯を削り,歯型をとって仮の詰め物をする」という実習内容について,英語を使用しても実施することができます。従って,研修者は自身の英語力を確認でき,実際の臨床で使用する英語にも慣れることができます。

 

―シムロイド®の動きは人間のようになめらかですね。
宇塚:電気モーターではなく圧搾空気(エアー)により作動させるため,動作音がしません。歯科治療で使うハンドピースはエアーによって回転するため,歯科用ユニットには常にエアーが供給されています。そこで,シムロイド®ではそのエアーを利用することにしました。さらに,顔や体の皮膚も改良を重ね,口を引っ張っても切れにくく永久変形が起こりにくい材質を開発することにも成功しました。

 

―シムロイド®は学生や研修歯科医から希望があれば,使用することができますか?
秋山:はい。本院ではスキルラボに設置されていますので,希望があればいつでも使用することができます。また,今年の後学期が開始する前には学生用実習室にも新たに3台を導入しますので,さらに使用する機会が増えます。実際には,模型を用いて一通り知識と臨床技能を習得した学部3年生から扱えることになります。

 

―実際に使用した学生や研修歯科医からは,どのような反響がありましたか?
秋山:研修者の多くは支台歯形成を希望します。それは,日常臨床でよく遭遇する処置であるにも関わらず,不可逆的で一度削ったらやり直しがきかないからです。そこで,シムロイド®を用いて,支台歯形成の実習を行い,実習後に録画映像により実習のフィードバックを行った研修歯科医10名を対象にアンケート調査をしたところ,「口の中に集中するあまり,ロボットの顔に近づき過ぎていた」「自分の姿勢が悪いことに驚いた」と姿勢の悪さや患者との位置関係に関する気付きについて多くの意見が寄せられ,態度・習慣・接遇的な患者への声掛けができる点が,きわめて有意義な研修だと評価されました【文献1】。

また,ロボットが “ビクッ”とした反射もするため,研修者が「どうしましたか?」と患者の反応に配慮する訓練,さらに,人間さながら時間が経過すると自然と口が閉じる設定をしているため,手際よく治療をすることの大切さもわかってもらいたいと思っています。実際の患者に接するのと同じ感覚で自己学習を積めるため,シムロイド®で研修を積めばチェアサイドでも自信を持って治療に望めます。ですから,時として「若い先生には診てもらいたくない。」や「学生の処置は不安だ。」とおっしゃる患者もいますが,若い先生や学生でも所定の研修を修了していれば,安全安心な治療を提供できることを理解していただきたいと思います。

 

―失敗から学び,経験を積めるということでしょうか?
秋山:シムロイド®の実習で最初から上手くゆくことは望んでいません。もちろん,上手くゆくことに越したことはありませんが,上手くゆかなくとも繰り返し研修を積むごとに飛躍的な診療スキルの向上が見受けられます。特殊技能が必要な分野には失敗が許されることも重要だと思います。チェアサイドでは絶対に失敗は許されないからです。ですから,失敗を繰り返すことで失敗を未然に防ぐことにも繋がると考えています。事実,一度シムロイド ®を体験した研修者は何度もやりたがります。私自身,何度もやりたいという研修者が多いことに驚いています。

 

宇塚:シムロイド®の研修では,研修課程を評価することにも重きを置いています。ですから,録画中に指導者が「〇・△・×」の評価とコメントを残すこともできます。従って,再生時に「×」の場面だけを順に確認すれば注意すべき事柄が整理してわかり,次回の研修はより効果的に実施することができるはずです。

 

―すでにトレーニングを積んだ方はどれぐらいいらっしゃいますか?
秋山:現在は院内のスキルラボにだけ設置されているため,当院生や研修歯科医を中心として数十人が経験しています。しかし,今年の後学期開始前には学部生用実習室にも複数台のシムロイド®が設置され,来年度以降は登院前の臨床基礎実習においてもシムロイド®を適用した実習が各教科で行われる予定です。

 

―これから卒業される学生らは,トレーニングを積んでいるということですね。
宇塚:はい。大学病院には“全人的な医療を実践できる歯科医師を育成する”という使命があります。そこで,誰もが安全安心で良質な治療を受けられるように,本学では歯科医学教育にシムロイド®を最大限活用したいと思っています。

 

秋山:シムロイド®を使用した実習を経験することによって,近い将来,若い先生こそ“トレーニングを積んできた”と胸を張って言える日が来ると確信しています。

 

―今後の展望を教えてください。
秋山:今後は,子どもや高齢者のタイプを作っていきたいと思っています。小児は小さい大人ではなく,高齢者では慢性疾患の併発など一般歯科診療と異なる部分が多いからです。また,歯学生のみならず,歯科衛生士やすべての医療関係者に対応できるように考えていきたいと思います。

 

宇塚:さまざまな歯科医学教育機関,特に歯学部を有する大学でシムロイド®を導入していただき,改良点やアイデアを共有できればと思います。その結果,現状では施設ごととなっている臨床評価を統一することができ,各分野の到達目標をさらに明確化することもできます。さらに,他大学の斬新な研修内容やアイデアを提供していただき,改訂や付随する教育教材の開発にも参加していただければ,さらに充実したシステムが構築されると思います。できれば,歯科だけでなく医科や看護の分野でも連携してゆきたいと考えています。

 

―最後に学生へのメッセージをお願いします。
秋山:歯科医師になるための道は決して平坦ではないが,歯科医師とは大切な職種であり,国家資格であることを“心して”国民の健康に寄与する自覚を持って頑張ってもらいたい。現実的に歯科の将来はとても明るいのだから,諸君らが一生の仕事として,この道を選んだことに誇りを持って学業に精進してほしい。

 

宇塚:大学の6年間で学ぶ知識や技能はとても膨大で,限られた時間で効率的な学習効果を得られる方略の一つとしてシムロイド®を開発しました。このシムロイド®を用いた実習を通して臨床技術の研鑽とともに患者への親身な対応についても学び,諸君らが理想とする歯科医師像を目指して欲しいと思います。進級を重ね国家試験に合格したあとに待ち受ける“国民の口腔衛生を担う仕事”はとても重要でやり甲斐もあります。是非、自覚と誇りを持って学生生活を有意義に過ごしてください。

 

―インタビューにご協力いただき有難うございました。

 

【文献】
秋山仁志, 他: ヒト型患者ロボットシミュレーションシステム(SIMROIDO®)を用いた補綴歯科研修. 日本歯科医学教育学会雑誌2013; 29(1).

 

【取材協力】
株式会社モリタ 

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