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義歯で高齢者のADL保持を                 -求められる医科歯科連携-

九州大学大学院歯学研究院口腔保健推進学講座 山下喜久

九州大学大学院歯学研究院口腔保健推進学講座 山下喜久

木. 27 9月 2012

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 最近のわれわれの研究で,在宅療養要介護高齢者の口腔健康状態が生活機能に及ぼす影響をパス解析で検討したところ,歯が少ない(9本以下)者が義歯を使用していないと嚥下障害を引き起こし,ひいては日常生活動作(ADL)の低下に至る可能性が示唆された(Community Dent Oral Epidemiol 2012年8月30日オンライン版)。以下にその研究内容を紹介し,医科歯科連携の必要性を提言したい。

在宅療養高齢者において口腔の健康状態と生活機能との関連性を検討
多くの先進国で,出生率の低下と平均寿命の延伸による社会の高齢化が急速に進んでおり,日本では昨年(2011年)の65歳以上の高齢者人口率が23%と世界で最も高率である。高齢者の増加は,長期的要介護者の増加に直結する。介護保険法に基づく要介護高齢者の数は,2010年に約400万人であり,この内訳を見ると約300万人が在宅介護サービスを受け,約100万人は老人ホームなどの施設サービスの利用者であった。
これまでの報告で,低栄養や認知機能障害がADLの悪化につながる可能性,低栄養が認知機能障害に関連すること,栄養と認知機能が口腔の健康状態および嚥下機能に関連することが示されてきた。しかし,これらを総合的に解析し,口腔の機能がADLの低下に結び付く要因の検討はなされていない。さらに,高齢者の口腔機能に関する実態調査は介護施設の利用者に対し実施されることが多く,在宅療養高齢者の口腔機能の実態は十分に把握されていない。本研究は,在宅療養高齢者において口腔の健康状態と生活機能との関連性を検討することを目的とした。

少数歯で義歯を使用していないと嚥下障害が起こりやすい
対象者は,福岡県内の在宅療養要介護高齢者で本調査に同意の得られた339人のうち,欠損データのない286人(男性75人,女性211人,平均年齢84.5歳)とした。口腔の健康状態は,現在歯数および義歯の使用の有無を評価し,また,頸部聴診法によって嚥下障害を判定した。生活機能として,栄養状態はMini Nutrition Assessment-Short Formで,認知機能はClinical Dementia Ratingで,生活動作能力はBarthel Indexで評価した。統計分析ではパス解析を行った。
対象者の現在歯数の平均は8.6±9.9(無歯顎者は40.6%)本であった。また,嚥下障害がある者は31.1%,低栄養者は14.0%,認知機能障害が重度の者は21.3%であった。
パス解析の結果,少数歯で義歯を使用していないと嚥下障害が起こる傾向にあり,嚥下障害があると低栄養となる関係が認められた。さらに,低栄養,認知障害があるとADLが低くなる傾向にあった。しかしながら,少数歯で義歯を使用していないことと低栄養には直接の関係は認められなかった(図)。

患者の口腔ケアに関連した情報を医科から歯科へ
今回の調査から,在宅療養高齢者では歯を喪失して歯数が少ないにもかかわらず義歯を使用してないと,嚥下障害によりADLの低下を引き起こす可能性が示唆された。
歯を失った者が義歯を装着するのは食物の粉砕(咀嚼)能の回復を主な目的としていると誰しもが考えがちである。そのため,食品加工技術の向上で巷には高齢者ソフト食なるものがあふれている昨今では,歯による食物の咀嚼は栄養摂取を良好に維持するためには必ずしも必要ではなく,口腔ケアの実施が困難な要介護高齢者には義歯不要という極論さえも聞こえてくる。
しかし,今回の結果は,義歯の装着が咀嚼能の回復に寄与するだけでなく,下顎の垂直的な位置関係を正常に保つことで正常な嚥下機能に寄与する可能性を示している。
今回の研究結果により,口腔の健康状態を良好に保ち歯の喪失を予防することは当然のことながら,不幸にして歯を喪失した際の義歯の使用は,単に食物の咀嚼能や審美性を回復するためだけではなく,嚥下機能を維持して間接的にADLの低下を防止するために重要であることが示唆された。
しかし,本研究の対象者の75.9%は歯科医院を受診しておらず,今後,在宅療養高齢者が歯科処置を受療しやすい地域環境づくりが求められる。そのためには在宅療養高齢者を診察する機会の多い医師と歯科の連携が不可欠であり,在宅高齢者を往診する医師から患者の口腔ケアに関連した情報が歯科保健医療関係者に伝えられる連携システムの構築が待たれる。

  

山下 喜久(やました よしひさ) 1986年,九州歯科大学大学院修了。九州歯科大学歯学部助手および講師,九州大学歯学部助教授,日本大学歯学部教授を経て,2003年,九州大学大学院歯学研究院口腔予防科学分野(現口腔予防医学分野)教授に就任。日本口腔衛生学会常任理事および同学会指導医・認定医,日本歯科基礎医学会評議員を務める。口腔保健と全身の健康の関連性に関する研究分野で活躍を続けている。
 

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