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歯周靭帯(歯根膜)の成熟と機能を 特徴づける分子を発見 ―歯の萌出とともに発現し細胞接着を増強する分子テノモジュリン―

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木. 11 4月 2013

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  歯周靭帯(歯根膜)は歯と歯槽骨の間に存在する線維性結合組織で,歯を顎骨内に固定したり,豊富な血管網から遊走する好中球などによって細菌の侵襲を防いだり,張り巡らされた神経線維によって噛み応えなどの接触感覚や咬合力を感知し調整するといった重要な役割を果たしている組織として知られる。東京大学の小宮山博士らの研究グループは,京都大学やドイツのルートヴィッヒ・マクシミリアン大学とマウスの歯周靭帯(歯根膜)を使った共同研究で,世界に先駆けて,歯の萌出とともに歯周靭帯(歯根膜)の後期分化マーカー遺伝子である「テノモジュリン」(Tenomodulin,以下Tnmd)の発現が増強し,萌出完了後も発現が維持されていることを時系列的な発現パターンとして明らかにした。また,細胞接着を増強させることも明らかにした。   歯周靭帯(歯根膜)のTnmd発現パターンと機能の一端が世界に先駆けて明らかにされたことにより,歯周靭帯(歯根膜)はもとより腱・靭帯組織の再生療法開発への足がかりとなることが期待されている。  

[発表者]
小宮山雄介(東京大学医学部付属病院 集中治療部 特任臨床医)
大庭 伸介(東京大学大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻 特任准教授)
鄭  雄一(東京大学大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻 教授)

 

研究のポイント
◆腱・靭帯組織の後期分化マーカー遺伝子1)であるテノモジュリン(Tenomodulin、以下Tnmd)の歯周靭帯における発現パターンとその機能を明らかにした。
◆世界に先駆けて、歯の萌出開始後に歯周靭帯でのTnmd の発現が増強するという時系列的な発現パターンを明らかにした。また、Tnmd は細胞接着の増強作用を有し、BRICHOS ドメインおよびCS 領域がその効果に重要であることを明らかにした。
◆歯周靭帯におけるTnmd 発現パターンとその機能の一端が明らかになったことにより、機能的な歯周靭帯の再生療法開発への足がかりとなることが期待される。

 

研究の概要
   歯周靭帯(歯根膜)は顎骨内に歯を牽引固定する重要な組織であり、咬合力への抵抗性、接触感覚などの重要な機能を担っています。一方で、口腔衛生状態の低下によって歯周炎に罹患すると破壊されてしまい、失われた歯周靭帯を再生させることは非常に困難で、今のところ歯周靭帯を含め、歯周組織を完全に再生させる有効な療法はありません。現在、歯周組織を再生する研究は多岐に展開していますが、機能的な再生を評価する指標が乏しく、再生組織が腱・靭帯としての性格を有することを評価できませんでした。

   東京大学医学部附属病院集中治療部の小宮山雄介博士、東京大学大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻の大庭伸介特任准教授・鄭 雄一教授らのグループは、ドイツのルートヴィッヒ・マクシミリアン大学のDenitsa Docheva 講師、京都大学再生医科学研究所の宿南知佐准教授・開 裕司教授との共同研究で、Tnmdという分子が、歯周靭帯の発生と機能に関わることを新たに見出しました。Tnmd は成熟腱・靭帯組織のマーカー分子であるのみならず、機能的にも腱・靭帯組織を特徴づける分子であると考えられます。本成果が、歯周靭帯をはじめとする腱・靭帯組織の再生医療において、機能的な組織の再生療法を開発する際の足がかりとなることが期待されます。
 

Tnmdが歯周組織の発生・維持・機能に関与している可能性を示唆
   歯周靭帯は顎骨内に歯を固定する支持組織であり、咬合力を感知し、咬合力に対するショックアブソーバーとしての役割を有します。歯周炎は全世界的に罹患者が存在すると言われており、歯周病原性細菌の歯周組織への感染とそれらに対する宿主免疫応答の相互作用により発症すると考えられています。臨床的には歯周靭帯を含む歯周組織の炎症性破壊をもたらし、前述の支持組織としての機能喪失、またその極期では歯の喪失をもたらす感染症です。さらに、近年の研究から重度の歯周炎がⅡ型糖尿病、関節リウマチ、高血圧症、動脈硬化症の増悪に関連があることが示唆されており、口腔の健康が重要であることが認識されつつあります。歯周靭帯は一度破壊されると再生が困難であり、完全に元の組織へと回復させる治療法は現在のところありません。歯周靭帯の再生医療を確立する上で、発生学的観点から歯周靭帯の成り立ちを知ることは重要な通過点と考えられます。

   小宮山雄介博士らは、腱や靭帯をはじめとする強靭結合組織の発生において後期分化マーカー遺伝子として認識されていたTnmdに着目しました。Tnmd はⅡ型膜貫通タンパク質2)であり、血管新生阻害作用が確認されているC 末端ドメイン、機能が解明されていないBRICHOS ドメインおよびその中間にタンパク質切断配列があるCS 領域の3つの特徴的な構造を有します(図1)。その発現は、脳、心臓、腱、靭帯、強膜、角膜などに認められており、特に腱・靭帯組織の成熟に伴って発現が増強することが明らかになっています。

   研究グループは新たに作製したTnmd に対する特異抗体を用いて、Tnmd の発現をマウス歯周組織の発生過程において検討しました。その結果、歯の萌出開始後にTnmd の発現が増強し、咬合が確立して歯が機能し始めた後もその発現が維持されることを見出しました(図2)。Tnmd が細胞膜上に局在していること、そして先行研究におけるC 末端ドメインの作用から、Tnmdが細胞の形態や細胞外マトリクスへの接着状態に影響を与えると仮説を立て、さらに検討を進めました。NIH3T3 線維芽細胞3)にTnmd を強制的に発現させ、細胞形態・接着に対する影響を観察したところ、細胞突起の伸長を伴った形態変化を起こすこと、また腱・靭帯組織の主要な細胞外マトリクス4)であるコラーゲンへの細胞接着を増強することが明らかとなりました(図3)。Tnmd ドメイン欠損変異体を用いた検討から、BRICHOS ドメインおよびCS 領域が細胞接着の増強に重要であることが示されました(図3)。Tnmd が、歯の萌出開始以降の歯周靭帯が機能する時期に先行して発現し、細胞接着を増強する機能を有することは、応力に抵抗して歯を支持するという機能を発揮する上で重要であると考えられ、歯周組織の発生・維持・機能に関与している可能性が示唆されます。

   このように、Tnmd の歯周組織における発現パターンとその細胞接着の増強作用が明らかとなりましたが、発現を制御するメカニズムや細胞接着増強作用の詳細なメカニズムは不明のままです。研究グループは今後も、Tnmd の発現と機能を制御するメカニズムについてさらなる検討を加えて行く予定です。本研究の成果が、歯周靭帯のみならず腱・靭帯組織の発生学的研究、再生療法の開発に広く貢献することが期待されます。

 

 

 

 

[出典]
① 雑誌名:PLOS ONE
② 論文タイトル:Tenomodulin expression in the periodontal ligament enhances cellular adhesion.
③ 著者:Yusuke Komiyama, Shinsuke Ohba, Nobuyuki Shimohata, Keiji Nakajima, Hironori Hojo, Fumiko Yano,Tsuyoshi Takato, Denitsa Docheva, Chisa Shukunami, Yuji Hiraki, and Ung-il Chung
・DOI 番号:10.1371/journal.pone.0060203
・アブストラクトURL:http://dx.plos.org/10.1371/journal.pone.0060203

 

[問い合わせ先]
東京大学医学部附属病院 集中治療部
特任臨床医 小宮山 雄介
電話:03-5841-3019
E mail:y-komi@umin.ac.jp
東京大学大学院工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻
特任准教授 大庭 伸介
電話:03-5841-1427
FAX: 03-5841-1428
 

[用語解説]
1) 分化マーカー遺伝子 細胞がより成熟した段階へと性質が変化することを分化という。分化マーカー遺伝子は、ある段階に分化した細胞の指標となる遺伝子のことをいう。本研究の対象であるTenomodulin は腱・靭帯組織の発生段階の比較的後期に発現することが明らかとなっており、後期分化マーカーとして認識されている。
2) Ⅱ型膜貫通タンパク質 タンパク質を構成するペプチド鎖のアミノ基末端が細胞内に位置する膜タンパク質をいう。
3) NIH3T3 線維芽細胞 線維芽細胞とは結合組織を構成する細胞の一つであり、コラーゲン、エラスチン、ヒアルロン酸といった結合組織の主要な構成成分である細胞外マトリクスを産生する細胞である。NIH3T3 はNIH Swiss マウスの胎児皮膚より樹立された培養細胞であり、正常細胞の性質を持ちつつ無限に増殖する性質を持つ細胞として知られる。
4) 細胞外マトリクス 細胞の周囲に存在する巨大なタンパク質の超分子構造体のことをさす。細胞外マトリクスは細胞外の空間を埋める物質である。多細胞生物においてはからだを構築する骨格的役割、細胞接着の足場となる役割、細胞外液や細胞増殖因子を保持・提供する役割なども併せ持っている。 

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