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慢性炎症・感染症のがん化に関与する遺伝子編集酵素AID

明海大学歯学部病態診断治療学講座病理学分野 教授 草間 薫

明海大学歯学部病態診断治療学講座病理学分野 教授 草間 薫

水. 5 12月 2012

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慢性炎症や感染症とがんとの関わりは古くからいわれている。近年,遺伝子編集酵素であるactivation-induced cytidine deaminase(AID)の発現が慢性炎症や感染症からのがん発生に関与することが明らかとなってきた。これまでに(1)Helicobacter Pylori感染による慢性萎縮性胃炎からの胃がん,(2)B型,C型肝炎ウイルス感染による慢性肝炎,肝硬変からの肝細胞がん,(3)潰瘍性大腸炎からの大腸がん―などの発生過程で異所性のAID発現誘導が生ずることが示されている。上皮性異形成という前がん病変を経る過程が考えられている口腔がんでも,今年(2012年)われわれの研究グループがAID発現の関与を突き止めた。 

多くの臓器のがんの背景に慢性炎症や感染症が関与

がんは一連の遺伝子変異の蓄積によって生ずる消耗性の遺伝子病である。遺伝子変異はDNA損傷に始まるとされているが,細胞周期調節に関わる遺伝子の変異,すなわちがん遺伝子およびがん抑制遺伝子がターゲットとなる。

慢性炎症・感染症とがんとの関わり合いは古くからいわれている(表)。H. pylori感染による慢性萎縮性胃炎からの胃がん,B型,C型肝炎から肝硬変を経由した肝細胞がん,潰瘍性大腸炎からの大腸がん,ヒトパピローマウイルス (HPV) 感染による子宮頸がんなどはその代表例である。

慢性炎症・感染症における活性酸素や活性窒素,あるいは炎症性サイトカイン,ケモカイン,マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)あるいはウイルス由来産物はがんの発生・進展に関連するといわれている。しかし,慢性炎症によって遺伝子変異の始まりとされるDNA損傷が生じたとしても,これに対する生体の細胞修復能力は高く,変異細胞の成立には,前述の因子以外の大きな作用が想定される。

 

AIDが発現すると自身の細胞に遺伝子変異が蓄積し,がんが発生・進展

AIDは,塩基配列中のシトシンをウラシルに変換する作用を持つ遺伝子編集酵素である。正常状態では活性化B細胞のみに発現しており,生体に対するさまざまな抗原に対応するために免疫グロブリン(抗体)の可変部に対して変異をもたらすと同時に,クラススイッチ組み換えにも必須な酵素である。

リンパ球系悪性腫瘍においてAIDの発現亢進が認められているが,AIDトランスジェニックマウスでは,悪性リンパ腫の他に胃がん,肝がん,肺がんといった上皮性悪性腫瘍が発生することも示されている。すなわち,活性化B細胞以外の体細胞におけるAIDの異所性発現ががん発生に深く関わっていることが考えられるのである。

近年,慢性炎症や感染症を背景とする種々のがんにおいて,AIDの異所性発現との関わりが報告されてきている。H. pylori感染の慢性萎縮性胃炎からの胃がん発生過程では,ある種の遺伝子群を有するH. pyloriがNF-κBの活性化を介して慢性胃炎の上皮細胞および胃がん細胞にAID発現を誘導することが示されている。また,肝細胞がんの発生ではB型,C型肝炎ウイルス感染の慢性肝炎,肝硬変を背景とすることが多く,C型肝炎ウイルスのコア蛋白質やTNF-αによるNF-κBの活性化を介してのAID発現誘導が示されている。さらに,潰瘍性大腸炎からの大腸がん発生過程においては,腫瘍壊死因子(TNF)-αによるNF-κBの活性化を介し,あるいはインターロイキン(IL)-4,IL-13によるSTAT6依存性に大腸炎の上皮細胞あるいは大腸がん細胞にAIDの発現誘導が生ずることが示されている。

すなわち,近年,京都大学の研究グループが報告しているように,慢性炎症刺激や感染因子の作用によりAID発現が誘導され,自身の細胞に遺伝子変異を蓄積し,がんが発生・進展するメカニズムが想定される(図1)。

口腔がんの発生・進展にもAID発現が関与

口腔がんでは,上皮性異形成を経由してがん化に至り,進展するというdysplasia-carcinoma sequenceにおいてがん遺伝子やがん抑制遺伝子の変異が蓄積していくと考えられている。口腔がんは多因子性の疾患である。発生因子としては,たばこ,アルコール,尖った齲歯,不適合な補綴物,歯周病,ヒト乳頭腫ウイルスなどが挙げられているが,胃,肝,大腸における慢性炎症・感染症からのがん発生機序と同様に,異所性のAID発現の関与が考えられる。われわれは,口腔の扁平上皮がん組織ではAIDに対する陽性反応が認められる(図2)とともに,口腔がん由来細胞株において増殖因子である上皮成長因子(EGF),炎症性サイトカインであるTNF-α,また歯周病菌(Porphyromonas gingivalis)が産生する酪酸(NaB)によりAIDの遺伝子発現が高まることを発見した(図3)。

図2. AIDに対する免疫染色 口腔扁平上皮がんの一部のがん細胞にAIDに対する陽性反応を見る
(出典:Miyazaki  Y, et al. J Oral Sci 2012, 一部変更)

近年,歯周病は口腔がん以外でも咽頭がん,食道がん,膵がん,腎がん,造血器系腫瘍に対して独立した危険因子であることが疫学的に示されている。分子レベルでのさらなる研究が必要である。

草間 薫(くさま かおる)
1979年,日本大学歯学部卒業。
1998年,明海大学歯学部口腔病理学講座教授に就任(現・明海大学歯学部病態診断治療学講座病理学分野)。口腔領域の腫瘍および腫瘍状病変の発生・進展のメカニズムについて研究を続けている。

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