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"底を打ったら上昇。歯科医師不足の時代が必ず来る!"―次世代歯科医師へのメッセージ

井荻歯科医院 院長 高橋英登

井荻歯科医院 院長 高橋英登

水. 21 11月 2012

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景気や業界の浮き沈みは必ずある。この時期だからといってマインドを落とさず,将来,上昇したときにしっかり耐えられるようにスキルアップ,マインドアップへの意識を持ち続けて欲しい―と,次世代歯科医師へメッセージを送る高橋氏の診療哲学を聞いた。  

―先生は杉並区歯科医師会会長や数多くの講演など,多岐にわたるご活躍をされている一方,臨床医でもあるわけです。そこで先生の臨床医としての信条を教えてください。

 これは絶対に変わらないスタンスなのですが,自分で患者さんを診療できなったら,講演活動などはやりません。自分の責任でレセプトを請求するのはもちろん,もし患者さんとの間に何かトラブルがあったら自分が出て行って解決するのが当然だと思っています。現場の声が届けられなくなったら,歯科医師会の仕事や講演活動なんて,やらないほうがよいと考えています。うちの診療室のスタッフに「この中でいちばん働いているのはだれ?」と聞いたときに,「そりゃ院長ですよ」と言われなくなったら,診療以外の仕事はやめるときだと思っています。
また,日ごろから心掛けているのは,常に一歩前進することです。たとえば,去年3,000人の初診患者が来たのなら,今年は3,100人,来年は3,300人を目指して,絶対に後戻りしないという方針を朝礼などでスタッフにも打ち出しています。実行するのは大変だと思いますが,皆よくこの方針に応えてくれていて,開業して33年間,前年より初診患者数が落ちたことは一度もないと思いますよ。

―そのバイタリティの源はどこにあるのでしょうか。

 「人間,そう簡単には死なない」というのが原点になっています。私は高校時代,山岳部に所属していたのですが,そこは大学の山岳部と一緒に活動するようなハードな部だったんですね。その3年間で,「絶対に生き残る訓練」というのを受けました。あれが,自分の人生の大きなターニング・ポイントだったと思います。
たとえば合宿に行くと,突然先輩に「お前今日はここへ泊まっていけ」と言われることがあるんです。岩を登ったテラス状のところで,ここに泊まれとか。いつそれを言われても大丈夫なように装備は整えているのですが,それでも危険は伴います。だから,命じた先輩は夜中,後輩が無事かどうかをそっと確認しに行く――ただ無茶を言うわけではなく,負荷を与えた後はきちんとケアされていました。
いずれ後輩を指導していくためには,さまざまな経験を積んでおく必要があります。自分が疲れた経験がないと,人が疲れているかどうかわからないからです。そして先輩は責任を持って後輩の面倒を見る。そうした姿勢もここで学んだのだと思います。
あの3年間がなかったら,今の自分はないかもしれません。私は開業してから33年間,病欠はゼロです。風邪なんて自分の医院で診療していれば治ると思っていますし,こういう忙しい生活をしているとそもそも病気にもかかりません(笑)。

―たくさんの仕事をこなす秘訣はありますか。

 どの仕事も,私一人でできることではありません。うちの医院には,私の片腕となって実務をしっかりこなしてくれる専務理事がいます。私が,「こういうことをやったら良いんじゃないか」とビジョンを示すと,専務理事が実現に向けて駆けずり回ってくれるわけです。万能な人間なんていないのですから,良い人材,良いブレーンの集合体があって,初めて仕事がうまくいくんですよね。
診療にしても,私の専門分野は補綴です。けれども1人で診ていたころは,苦手でもなんでも全部自分でやらなければならず,夜中まで埋伏歯の抜歯をやっていたこともありました。しかし今,うちの診療室には理系のドクターもいれば矯正,小児歯科とそれぞれ専門分野を持つ歯科医師がそろっています。私も補綴を中心に診療できるので,日に何十人も診られるというところはありますね。専門領域に特化しているから疲れませんし,何人診療してもまったく苦になりません。そういう意味では,組織化できているのはありがたいことです。
とは言え,1日でこうしたスタイルができあがったわけではなく,開業して最初の10年間は1人でやっていました。そのうちにだんだん,「外科は不得意だろうからやってあげるよ」という風に人が集まってきて,今では90人以上の組織に育ったのですから,幸せなことだと思っています。

―次は,どんなプランを考えていらっしゃいますか。

 私は夢追い人なので(笑),今度はユニットを60台に増やしたいと考えています。製造の分野で「セル生産方式」という,製品の組立工程を最初から最後まで数人のチームで受け持つやり方があるのですが,この方式だと自分が全工程に携わるのでやる気もわくし,より効率良く作業するためのアイデアも生まれやすいと言われています。これを診療に導入する構想を練っているんです。6人1組で10チームつくり,それぞれにインプラントが得意なチーム,訪問診療が得意なチーム,小児歯科が得意なチームといった特徴を持たせて,各チームにユニットを6台ずつ用意するイメージです。チーム同士がお互いに得意なことを教え合ったりしながら切磋琢磨していくのは,面白いんじゃないかなと思っています。そんな夢を描いて,実現に向けて動き出そうとしているところです。

―実に新しい取り組みですね。今の歯科界,特に若手歯科医師の中には,景気の悪さも手伝って先生のような夢を持てない人が多いと聞きます。

 そんな簡単に人間は死なないから,必死にやればなんでも解決できるよ,と言ってあげたいですね。常に石橋を叩いていると,暗いことばかり考えてしまいます。もし医院が潰れたら,借金を返していけばいいだけの話じゃないですか。腕とハートがあれば,歯医者なんてどこでだって食べていけます。何事も気の持ちようです。マインドさえ落ちなければ生きて行けると私は常に思っています。
最近,よく大学から「学生に明るい話を聞かせてほしい」と講演を依頼されます。そこでお話するのが,「このままだと医科は厳しくなるけど,歯科の未来は明るいよ」ということです。今後,高齢者が増えることは目に見えていますし,高齢者には歯の治療が必要な人が多いはずです。そして私たちはあと10年も経ったら現役から引退していく年齢になります。私が歯医者になった頃は「歯医者が足りない」と言われていましたが,そんな時代がまためぐってくるはずです。そのときに存分に力を発揮できるように,技術も意識レベルも高めておくことが必要でしょう。
また,景気には必ず波があるので,底を打ったら次は必ず上がるんです。むしろ底に行っているときのほうが,ビジネス・チャンスが生まれます。私も「ユニットを60台も置くだなんて,潰れるに決まっている」などと言われたりしますが,景気がどん底ならば,後は上に上がるだけですよね。だから今は,歯科にとって将来は明るく,業務拡大するにも良い時期だと言えます。
後は,患者さんを大事にすることが大切です。もし今,仕事が暇ならば,患者さんの話をよく聞いて信頼関係を築く良い機会ですよ。信頼関係を確立したら,必ず患者さんは通い続けてくれます。忙しいとちょっと診療して「またいらっしゃい」となりますが,時間があるならいくらでもお話できるじゃないですか。患者さんを大切にして,しっかりハートをつかんでください。

―今,歯科界にあまり元気がないように見受けられます。この空気を打破するには,どうしたらよいのでしょうか。

 これは日本全体に言えることですが,今,人々のモチベーションが下がっていますよね。その中でも特に歯科界はここ数年,沈み込んでいるというか,自分たちは世の中であまり必要とされていないんじゃないかと誤解している歯科医師が多くて,自信喪失状態になっているところがあります。
確かに,今の日本は900兆円近い借金を抱えていて,このまま行くと世界中から相手にされない借金国になりかねません。「日本はこうやって借金を返して行くんだ」という道筋を示したくても,国にお金がない。だから事業仕分けをやったりしているのですが,いくらも捻出できていませんよね。ああいう利権構造の中で,お金を捻り出そうとしても厳しいと思うんですよ。
それでは,私たちが何にいちばんお金を使っているかと言うと,国家予算の40%以上が社会保障に使われているわけです。この中には,無駄な部分がたくさんあると思います。今の医療は,病気の発生を見逃しておいて,病気になったところでお金を使っているようなところがあるからです。世の中,年をとったら医療費にお金がかかるのは当たり前だというロジックがまかり通っているようですが,そんなことはありません。高齢でも健康で,ほとんど医療費を使っていない方はいるんです。うちの患者さんで「俺が医療費使うのは,先生のところくらいだよ」とおっしゃる方はたくさんいます。病気になるのを未然に防ぐ上で,歯科が果たす役割は非常に重要なのです。
自分の口でおいしくご飯を食べて,健康で長生きできるとなれば,これは医療費の問題だけでなく,人間にとって一番幸せなことでしょう。それを叶えられるのが歯科です。今,自信を失っている歯科医師の人たちには,口から食べられるというのは生活のクオリティを守る上ですごく大切だということを再認識してほしいと思います。

―世の中が大変な今こそ,歯科医師が活躍するときということですね。

 私は,「日本再興の鍵は歯科が握る」と思っています。高齢者が増えれば,医療費はいっそう膨れ上がり,やがて国民皆保険制度は維持できなくなるでしょう。制度が崩壊したら,貧しい人は診療を受けられなくなります。これは,国民にとってはもちろん,医科にも歯科にも大きな問題です。そうなってしまう前に,何とか立て直さなければなりません。そして,無駄な医療費を削減する上で非常に有効な策が,歯科の予防に力を入れることです。人間は,物を食べて生きています。歯が悪くてきちんと栄養を摂取できなければ,健康を維持するのは難しくなるはずです。また,口腔ケアをきちんと行うことは誤嚥性肺炎の予防にもなります。口腔内の健康維持が,病気を未然に防ぐことにつながるのです。
こうしたことから,今,杉並区歯科医師会では,杉並区が歯科の予防分野に配分している約1億円の予算を倍の2億円にしてほしいと働きかけています。そうしたら,杉並区の医療費を20億円減らして見せます,と。浮いた分は,新しい治療の研究や救急医療,ドクター・ヘリの導入など,有効なところに活用できますし,無駄な医療費を削減することに,だれも文句は言わないはずです。

―スケールの大きなお話ですね。日々の診療と並行して,そうした活動にも取り組むのは先生にとって負担にならないのでしょうか。

 私は,杉並区歯科医師会の会長になってもう3期目になります。歯科医師会の仕事に割いている時間を診療時間に換算したら,何千万円という損失になるでしょう。一般に,歯科医師という職業は組織になじみにくいところがあります。弁護士は弁護士会に入らないと開業できませんが,歯科医師は歯科医師会に入らなくても開業できますし,腕が良ければ患者さんは来ますから,群れる必要がないんです。それなのに,会費を払って,時には面倒な仕事が回ってくる会なんて,だれも入りたがりませんよね。私も昔は「歯科医師会ってなんだっけ,入ってたっけ」くらいのものでした。
それなのに歯科医師会の仕事を引き受けている理由の1つには,大学勤務を辞めた時点で人生をシフトし,社会貢献を考えるようになったことが挙げられます。人間がほかの動物と違う点は,社会に貢献するかどうかです。作家が小説を書くのも,レストランで店員が料理を出すのも,すべて社会に貢献する活動です。ただし,普通はお金を受け取った人が「ありがとうございます」と言いますが,医師や歯科医師の場合,お金を払った人に感謝までしてもらえます。実にありがたい,やりがいのある仕事だと言えるでしょう。その歯科の分野において社会貢献を考えたとき,組織としてまとまって活動することでできることがあるのです。
たとえば検診事業はその1つで,歯科医師会が区と折衝して,1人検診するといくら,といった具合に行政からお金をもらえるようにしました。そうして歯科医が検診を実施しやすい環境になれば,かかりつけ医として定着しやすくなりますし,う蝕や歯周病の予防にもなって結果的に医療費の削減にもつながります。これは,区民にとっても,歯科医師会の会員にとってもプラスになる話です。歯科医師という職業では,こうした良いスパイラルを回すための活動も必要だと考えています。
確かに忙しい日々ですが,それだけ社会から求められているということですから,まったく嫌だとは思いません。開業して33年になりますが,私はこんな歯医者になれて幸せだなと思っています。

 

PROFILE
高橋英登(たかはし ひでと)
井荻歯科医院 院長
1977年 日本歯科大学歯学部 卒業
1987年 日本歯科大学歯学部歯科補綴学教室第2講座講師
1988年 東京都国民健康保険診療報酬審査委員,日本接着歯学会編集委員(2000年まで)
2001年 日本接着歯学会 理事
2003年 東京都杉並区歯科医師会学術担当理事
2006年 日本歯科医師会社会保険委員会委員
2007年 東京都杉並区歯科医師会会長
2009年 日本歯科医師連盟 常任理事
 

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