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口腔がんの早期発見のために今、歯科医院ができること

片倉 朗 東京歯科大学口腔病態外科学講座 教授 東京歯科大学水道橋病院 病院長 (かたくら・あきら) 歯学博士。東京都生まれ。1985年東京歯科大学卒業。UCLA歯学部・医学部に研究・臨床留学 Visiting Assistant Professor、東京歯科大学口腔外科学講座准教授等を経て、2011年東京歯科大学オーラルメディシン・口腔外科学講座主任教授、2015年同大学口腔病態外科学講座主任教授。2019年6月から同大学水道橋病院病院長を兼務。専門は口腔腫瘍の診断と治療、特に口腔がんの早期診断。同病院で「超高齢社会への対応」「臨床能力の向上」「患者中心の医療」を目標にした歯科医療の提供に取り組んでいる。

月. 23 12月 2019

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口腔がんの発症を公表した著名人のニュースが報道されて以来、口腔がんが、にわかに注目を浴びています。また、歯科医院にも「もしかしたら、自分も口腔がんではないか」と来院する患者さんも増えています。こうした中、口腔がんの早期発見の場として、歯科医院にできることは何か、考えてみたい。そこで今回は、口腔がんの最前線で治療にあたる片倉朗先生に、口腔がん治療における歯科医院の役割や、最先端治療について伺いました。

全国6万軒の歯科医院が口腔がんの検診施設となる

国立がん研究センターの統計によれば、「口腔・咽頭がん」は年間約8,000人が発症しているとされていますが、がん発症順位では口腔がんは12~14番目に位置し、稀少がんといえるでしょう。

舌がんなどの口腔がんを疑う人は、内科や耳鼻咽喉科、歯科を受診すると思いますが、口腔内の複雑な構造の中で病変を確認するには、やはり歯科医師の目が慣れていると思います。しかも咽頭から下の疾患であれば内視鏡が必要になりますが、口腔がんが発症する口腔内は目で見ることができます。だからこそ、歯科医師であり、我々の目が内視鏡になるのです。

また、歯科は検査の利便性の点からも良い位置にいると思います。2016年の国民生活基礎調査によると、「歯の病気」が原因の通院者率は疾病別で3位となっており、歯科医院に通ったことのない人は、ほとんどいないと考えられます。それだけ多くの人が歯科医院に通院し、定期的に、口の中を診てもらっているのだと思います。

さらに、歯科医院の数は全国に約6万軒と、市中の診療科の中でも多いのです。それらがすべて日常的に口の中を検診できる施設でもあり、それが歯科の強みではないでしょうか。

「口腔がん」という言葉を聞くと、我々のような口腔外科専門医の仕事というイメージを持たれる方が多いのですが、口腔がんを疑って我々のところに直接訪れる患者さんは、ほとんどいません。まずは歯科医院の先生方ががんを見つけ、我々専門医へ患者さんを送ってくるわけです。だからこそ、一般開業医がその役割を担うことが、早期発見、早期治療の武器になると考えます。

 

日常的な歯科検診では、口腔内の粘膜を診る習慣を

そこで歯科医院の先生にお願いしたいのは、定期検診の時は、歯周ポケットを測るだけでなく、口腔内全体の粘膜を診てほしいということです。

粘膜を診る時のポイントは、粘膜の色の変化です。口の中の病気を色で分けると、「白」「赤」「黄」「黒」の4色になります。粘膜が白い状態は、粘膜上皮の角化が進行しているために、健常な時は2週間ぐらいで剥げ落ちる角化細胞が残っている状態。つまり、細胞のDNA異常が起きていることを示します。また、粘膜が赤い状態は、血管が増殖している状態。腫瘍は必ず血液を必要とします。したがって粘膜が白い、あるいは赤い場合は、腫瘍性の病変を疑う必要があります。

このような粘膜の色の変化があり、1~2週間様子を見ても治らない場合は、「まさか口腔がんじゃないだろう」ではなく、「もしかして口腔がんかもしれない」と考えることが大切です。がんの初期は、患者さんには痛みなどの自覚症状がありません。他の臓器のがんも、初期の場合は検診で見つかることが多いでしょう。そこで、歯科医院の先生には、日常的な歯の検診の中で、粘膜を診る習慣をつけてほしいと思います。

 

口腔がんの治療は外科治療が基本

口腔がんの治療は、『口腔癌診療ガイドライン 2019年版』(口腔癌診療ガイドライン改訂合同委員会編)に示されている通り、基本的には手術で取り除ける腫瘍は、ステージⅠ~Ⅳのいずれでも手術で切除します。

放射線治療や抗がん剤などの化学療法、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬などの薬物療法は、口腔がんでは補助的な治療になります。例えば手術した後に、がんの性質によっては転移や再発の予防として行います。

ただし舌にできているごく初期のがん、厚さが1cm以内の小さな腫瘍に関しては、小線源治療といって、針や粒状の放射線源を舌に挿入し、放射線治療を行う場合があります。

また、TNM分類によるT1、T2で、手術により腫瘍を切除した場合は、術後の機能障害はそれほど大きくありません。しかしT3以上に腫瘍が大きく、あるいは浸潤したものに関しては、筋肉や神経、上顎骨や下顎骨も切除することがあり、大きな機能障害が出るため、再建手術を行うことがあります。

口腔がんの最先端治療では、免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬が適応になりました。ただし、オーダーメイドの治療のため、患者さんのがんの性質を調べ、それにマッチしたものに行うことになります。

最近では、口腔がんを早期に発見するための検診事業をサポートするボランティア団体も発足しています。また、大学病院や基幹病院と地域の開業医が連携し、勉強会も開かれるようになりました。日本口腔外科学会の調査によると、全国に846ある歯科医師会の約3分の1の地域で、勉強会が行われています。その中には基幹病院と歯科医院をインターネットでつなぎ、専門医ががんの早期発見のための相談にのったり、画像を専門医に送り専門医がその画像を見て指示を出したりと、視診による臨床的判断を支援するための遠隔医療も各地域で普及してきています。

 

術後の患者さんにずっと寄り添ってほしい

術後の経過観察は、最低でも5年間は治療を行った病院で行います。そこで歯科医院の先生には、患者さんの術後の変化を歯科医院でも見逃さないでほしいことと、手術した口腔内は自浄作用が低下するため、口腔内の保清をお願いしたいです。治療によっては唾液が出にくくなるため、保湿や歯周病のケアが必要になります。できれば、食事指導まで行っていただくとよいでしょう。

また、歯科医院の先生に認識してほしいのは、口腔は小さな容積ですが消化器、感覚器、運動器、呼吸器であるということです。このような器官は、からだの中にはあまりありません。それだけ患者さんのQOLに直結した臓器であるのです。

さらに、口腔はもともと緻密な動きをしている部位であるため、大きくなった腫瘍を切除した場合は、再建手術を行ったとしてもなかなか機能を元通りにすることは難しい。そのため患者さんは社会復帰できても、QOLという点では満足度は低いといえるでしょう。そこで歯科医院の先生には、低下した口腔機能を少しでも改善できるように、ぜひ患者さんのQOLのサポートをしてほしいです。

我々専門医のところに来る患者さんの7割は、歯科医院の先生からの紹介です。もし歯科医院の先生ががんを見つけてくれなければ、その患者さんは治療に至らなかったかもしれません。つまり、患者さんにとって歯科医院の先生方は命の恩人といえます。その先生が術後のケアもしっかり行うことで、患者さんとの信頼関係はさらに深まることでしょう。

我々専門医は手術や化学療法、放射線療法などの治療は行いますが、その後の支持療法をお願いするのは歯科医院の先生方です。専門医と歯科医院の先生との協働、二人三脚での治療が、患者さんの安心や、術後のQOL向上につながります。そのためにも術前、術後は歯科医院の先生が主役となり、患者さんにずっと寄り添ってほしいと思います。

 

『患者さんと家族のためのよくわかる口腔がん治療』(インターアクション)

年間約8,000人が罹るといわれている口腔がん。近年マスコミにも取り上げられることが多くなったとはいえ、患者さんやそのご家族の不安解消に貢献できる参考図書はこれまでありませんでした。本書は片倉先生をはじめ口腔がん治療の最前線に立つ著者陣が、最新の医療情報を平易な言葉で解説しています。待合室図書の一冊として最適であるとともに、患者さんへの正しい情報提供のための参考資料として歯科医療従事者にとっても有益な一冊です。

 

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