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失敗しないインプラント治療のために ―知っておきたい局所解剖 Vol.1-4―

朝日大学歯学部口腔病態医療学講座インプラント学分野教授 永原國央

朝日大学歯学部口腔病態医療学講座インプラント学分野教授 永原國央

金. 28 9月 2012

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Vol.1下歯槽神経 -非可逆的損傷を与えてはいけない- 非可逆的損傷を与えてはいけないインプラント治療で大きな問題となりえるのが手術に関係するものであり,それは,非可逆的(取り返しのつかない)損傷を与えてしまうからである。なかでも緊急を要するものが出血であり,太さ2~3mm以上であれば早急に止血処置(血管結紮など)をしなければいけない。次に問題になるのが神経である。血管は切断したとしても止血ができれば問題ないが,神経は,切断したことで半永久的に障害(神経麻痺)が残る。  

非可逆的損傷を起こした場合,害を被るのは患者である。義歯では咀嚼機能の回復が十分に行えない。この機能障害を回復させるために,十分に確立された最良の治療法として
インプラント治療があるが,そこで被害を与えてしまっては「医療」ではなくなる。歯科医師として,医療人としてこのようなことを起こさないよう日夜努力すべきである。本シリーズは,インプラント治療を行うに当たりもう一度確認していただきたい局所解剖を取り上げる。

下歯槽神経にまつわるトラブル,訴訟は最も多く,埋伏智歯の抜歯術,インプラント体の埋入手術,外科的矯正手術などに関連して生じる。下歯槽神経は,三叉神経の第三枝として卵円孔を通じて脳頭蓋底より下り,下顎孔より下顎骨内に入る。その後,下顎骨内を
走行しオトガイ孔より外に出て歯槽部粘膜,下口唇部口腔粘膜および皮膚に分布する。

下顎孔が下顎枝舌側にあり,オトガイ孔は下顎骨体部頬側にあることで,下歯槽神経は
舌側から頬側へと横断している。その走行パターンは上条雍彦氏の『口腔解剖学』(アナ
トーム社)に多くの図譜とともに紹介されている。今回はその1つを示すので理解を深め
て欲しい。

下歯槽神経の走行パターン
図は,下顎左側の小臼歯部から関節突起部までを上から見たものである。最も頻度の高い走行パターンは,①,②,すなわち,オトガイ孔に達するまでにほとんど舌側部を走行し,第二小臼歯部で頬側へ急激に横断するものと,第一大臼歯部あたりから緩やかに頬側へ横
断するものであり,出現率は合わせて51.7%である。次いで,③~⑥のほぼ下顎骨体の中央を走行するパターンで,合計すると28.3%である。⑦,⑧のような,下顎孔から入って
中央部あるいは頬側に進み第二大臼歯部で舌側に移り,第二小臼歯部からオトガイ孔へ向かうパターンは,合わせて20%となる。

 下顎骨は,歯が脱落することで歯槽骨部が吸収する。特に歯槽骨部の頬側の骨は吸収が早い。したがって,下顎第一,第二大臼歯部の舌側皮質骨内面に沿ってインプラント体が埋入されることが多く,①,②,⑦,⑧,合計71.7%の患者においては下歯槽神経損傷リスクが高い。つまり,ほとんどの患者において注意が必要ということである。

【図】下歯槽神経の走行パターンと頻度

《DENTAL TRIBUNE 2009年7月Vol. 5 No. 7 P6より》

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Vol.2 オトガイ孔
-神経麻痺を引き起こさないために-
下歯槽神経にまつわるトラブル,訴訟が最も多いことは前回お話しした。下歯槽神経は,三叉神経の第三枝として卵円孔を通じて脳頭蓋底より下り,下顎骨内にはいるために下顎孔に達する。その後,下顎骨内を走行しオトガイ孔より外に出ているため,下歯槽神経は舌側から頬側へと横断している。この下歯槽神経の走行パターンを頭に入れ,患者に向かうことが下歯槽神経損傷のリスクを低減させることになる。

 今回はオトガイ孔部の状態を上条雍彦著『口腔解剖学』(アナトーム社)の図譜とともに紹介するので理解を深めて欲しい。一般的に知られているオトガイ孔は,下顎小臼歯部下方に存在するというくらいであろう。しかしその形態はバリエーションに富んでおり,単純な孔として捉えておくと,ドリリング時に神経麻痺を引き起こすようなことになりかねない。

バリエーションに富むオトガイ孔

まずは,上下的な位置である。図1を見ていただくと有歯顎の場合は,小臼歯歯頚部の歯槽骨からオトガイ孔までとオトガイ孔から下顎骨下縁までの距離がほぼ同じ,即ち,中央部に存在する。しかし,中央部といってもやや上方に位置するもの③が47.0%と多く,次いで,やや下方②が30.4%となっている。ということは,中央部よりやや上方にあると理解しておかなければならない。さらに,インプラント体を埋入する場合は歯が喪失しているので,16.1mmとなっているオトガイ孔の上方の骨幅は減少し,上下的位置はさらに上方になっていることは確かである。そのため,下顎第一,第二小臼歯部に埋入する際,下顎管の位置も重要であるが,それよりも上方にあるオトガイ孔の位置確認がきわめて重要であることを物語っている。

【図 1】オトガイ孔の上下的位置
〔上條雍彦: 口腔解剖学第3版, 骨学(臨床編), アナトーム社, 2006, p162より引用〕

図2は,オトガイ孔部下顎骨の断面所見であるが,皮質骨部を抜けて外方に開口する状態に3種類のパターンがあることを示している。直線的なもの①が75%と最も多いが,上方に凸状態になっている②が15%であることを認識しなくてはいけない。

【図 2】オトガイ孔部断面所見
〔上條雍彦: 口腔解剖学第3版, 骨学(臨床編),アナトーム社, 2006, p219より引用〕

図3は図2で示したものの頬側からの所見である。この中で,anteriorloopを形成しているパターンのもの③,④が73.4%とほとんどを占めているということが重要である。
図2,3から,下顎第一小臼歯あるいは犬歯部にインプラント体を埋入する際には,「オトガイ孔の近心部であるからドリリングの深さは気にしなくてもよい」という考えは非常
に危険であることが,御理解いただけると思う。一般的には,肉眼的にあるいはパノラマX線上で確認されるオトガイ孔よりも,近心部4mmは危険領域であると考えなくてはい
けない。 【図 3】オトガイ孔部の下顎管の頬側所見
〔上條雍彦: 口腔解剖学第3版, 骨学(臨床編),アナトーム社, 2006, p219より引用〕

《DENTAL TRIBUNE 2009年8月Vol. 5 No. 8 P5より》

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Vol.3 頬動脈
-走行の把握が難しい頬動脈-
頬動脈という名前を聞き,「え?」と言ったことのある先生はいないだろうか。「この動脈はどこを走っているのか」なんて思ったことはないだろうか。そして「インプラント治療に関係があるのか?」といった声まで聞こえてきそうである。

頬動脈は,頚部で最も太い総頚動脈が内頚動脈と外頚動脈に分かれる。外頚動脈が上甲状腺動脈,上咽頭動脈,舌動脈,顔面動脈,後耳介動脈,後頭動脈と枝を出した後に顎動脈の枝を出す。この顎動脈は図1に示したように深耳介動脈,前鼓室動脈,中硬膜動脈,下歯槽動脈,深側頭動脈,咬筋動脈,翼突筋枝,後上歯槽動脈,眼窩下動脈,下行口蓋動脈,翼突管動脈,蝶口蓋動脈,そして,頬動脈の枝を出す。頬動脈は,頬筋,外側翼突筋,咬筋,側頭筋および頬腺に分布する。また,顎顔面領域に分布している顎動脈の枝でもあり,下歯槽動脈とほぼ同じ太さのものである。

【図 1】 顎動脈の経過中に起こる主な枝
〔上條雍彦: 口腔解剖学第3版, 脈管学(基礎編), アナトーム社, 2006, p489より引用〕

 頬動脈は,実際の解剖学の図譜でもその走行を把握するには非常に難しいところがある。図1は上條雍彦著『口腔解剖学』(アナトーム社)から引用したものであるが,全くどのあたりを走行しているのか見当がつかない。図2に筆者がその経験から作成した頬動脈の走行を示した。下顎肢の上方の内側から外側にS字状に曲線を描きながら下降し頬筋部に入る。一般的に,埋伏智歯を抜去する際の遠心部への延長切開,また,下顎前突症に対する外科的矯正手術である下顎枝骨切り術の粘膜切開時に切断してしまうことがある。特に下顎枝骨切り術では,下顎枝を全周にわたり剥離していく必要性があるため,最初の粘膜切開が下顎枝の前縁に沿って筋突起部まで延長する。そのため臼後三角上方(図2 矢印)でよく遭遇し,うまく避けて粘膜切開を行わないと,かなりの出血が起こる。太さはマッチ棒ぐらいであるが,気付かないで切ってしまった場合,術者の顔を直撃するぐらいに血液が放物線を描くことになる。放置すると1分ぐらいで少なくとも200mLは出血する。

 

【図 2】筆者の経験から示した頬動脈の走行

出血しても知っていれば対処可能
これを知っていて切った場合と知らずに切ってしまった場合では,術者の精神的ストレスと出血に対する処置は大きく変わる。一般的には,出血点は頬動脈1本なので,出血点を落ち着いて見極め,止血鉗子(モスキート)曲でつまんで,電気メスで焼き,縫合糸で結紮すれば,問題なく止血できる。しかし,予想もせずこのような出血が起こってしまうと,
慌ててしまい何をしてよいのかわからず,むやみやたらと電気メスで焼いたり,ガーゼを詰め込んで,縫合したりしてしまう。すると,術後に開口障害,ひどい腫脹と皮下出血,
挙げ句の果ては大きな瘢痕が残り長期間痛みが続くことになる。
その頬動脈を避けるために,下顎の臼歯部,特に7番あるいは8番へのインプラント体埋入手術,あるいは,下顎枝部からの自家骨採取術の際には,①遠心部への延長切開をや
たら長くしない②頬側の粘膜を,メスを持っていない側の手の人差し指で,十分頬側に圧排しながら確実に歯槽部粘膜を骨面上で切開しながら遠心部に延長するといった2点を注
意することである。しかし,避けても避けられず切ってしまう場合もあるので,出血に対する処置を落ち着いてできるような経験とそのための器具の準備が必要である。

《DENTAL TRIBUNE 2009年9月Vol. 5 No. 9 P7より》

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Vol.4 口腔底への穿孔 その1
-経験だけに頼った手術は危険-
多くのインプラント治療を行っているにもかかわらず,顎骨の断層写真,CT撮影などの検査をせず,パノラマX線写真による診査のみで,手術を行っている歯科医師が少なくない事実には驚かされている。今回と次回と続けて,顎骨の形態を十分理解しドリリングを行うことの重要性をお話ししたい。

「 私は,今まで失敗したことがない」,「私には,十分な経験がある」,「私がドリリングすると,神経,血管が避けてくれる」,「私のこの手は,神の手だから……」といったことを平気で口にする先生がいる。実際に事故が起きても,「今まで同じことやってきたが,神経麻痺が出たことなんて一回もなかった。だから,患者が悪い」,「手術はうまく行っていた。私は悪くない」などという先生もいる始末だ。確かに経験,実績は重要ではあるが,治療方針を裏づける十分な検査を行わないと,現在の医療では,大きな問題を起こしてしまう。検査機器の発達により,手軽に検査できるようになっているのだから,インプラント治療のような大きな障害を起こしてしまう可能性がある治療方法の場合,特に十分な検査を行うべきである。

顎骨の傾斜の変化に注意
症例は62歳男性。咀嚼障害を主訴として来院した。患者の希望は固定性補綴物であった。診断用ステントを装着してパノラマX線写真(図1)を撮影した。男性らしい,しっかりとした下顎骨であり,垂直的には十分な骨量が存在している。しかし,CT像(図2 )を前歯部,小臼歯部,大臼歯部と並べてみると,顎骨の傾斜が変化しているのが理解できるだろう。この傾斜を頭に入れて,ドリリングを行わないと顎骨外に穿孔してしまうのだ。
上條雍彦氏の『口腔解剖学1骨学』(アナトーム社)に紹介されている日本人の下顎歯牙歯軸傾斜角度の平均値は,有歯顎の場合,下顎中切歯部で90°,小臼歯部で96.4°,大臼歯部で108.6°,智歯部で114°となっている。しかし,歯が喪失することで頬側歯槽骨が吸収して来るため,大臼歯部では,さらに角度が大きくなり120°に達することがある。大臼歯部のこの角度はパノラマX線写真だけでは把握できず,垂直的に骨量が十分であるという認識でドリリングすると,当然,舌側に穿孔する。穿孔したドリルの先には,舌筋,顎下腺,舌動静脈などがあり,一瞬で傷つけてしまう。下顎大臼歯部は顎舌骨筋の後方であるため,出血は直接上頸部へ広がっていき,容易に上気道の狭窄を招き呼吸困難に陥らせてしまう。
インプラント治療は,咀嚼障害を持つ患者が,義歯の装着感に悩み,「美味しいものをしっかり噛み,食べたい」という欲求を満たすために,高額な治療費を払って受けるものである。しかし,命と引き替えになることは許されないし,神経麻痺が残るようなことでは,患者は満足しない。
より安全でより安心な,インプラント治療を各先生が行えるよう,術前の検査を怠らないようにし,解剖学的知識をつけるべく勉強して欲しい。

【図1】

【図2】

《DENTAL TRIBUNE 2009年10月Vol. 5 No. 10 P8より》
 

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