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失敗しないインプラント治療のために ―知っておきたい局所解剖 Vol.4―

朝日大学歯学部口腔病態医療学講座インプラント学分野教授 永原國央

朝日大学歯学部口腔病態医療学講座インプラント学分野教授 永原國央

金. 8 2月 2013

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Vol.4 口腔底への穿孔 その1 -経験だけに頼った手術は危険- 多くのインプラント治療を行っているにもかかわらず,顎骨の断層写真,CT撮影などの検査をせず,パノラマX線写真による診査のみで,手術を行っている歯科医師が少なく ない事実には驚かされている。今回と次回と続けて,顎骨の形態を十分理解しドリリングを行うことの重要性をお話ししたい。  

「 私は,今まで失敗したことがない」,「私には,十分な経験がある」,「私がドリリングすると,神経,血管が避けてくれる」,「私のこの手は,神の手だから……」といったことを平気で口にする先生がいる。実際に事故が起きても,「今まで同じことやってきたが,神経麻痺が出たことなんて一回もなかった。だから,患者が悪い」,「手術はうまく行っていた。私は悪くない」などという先生もいる始末だ。確かに経験,実績は重要ではあるが,治療方針を裏づける十分な検査を行わないと,現在の医療では,大きな問題を起こしてしまう。検査機器の発達により,手軽に検査できるようになっているのだから,インプラント治療のような大きな障害を起こしてしまう可能性がある治療方法の場合,特に十分な検査を行うべきである。

顎骨の傾斜の変化に注意
症例は62歳男性。咀嚼障害を主訴として来院した。患者の希望は固定性補綴物であった。診断用ステントを装着してパノラマX線写真(図1)を撮影した。男性らしい,しっかりとした下顎骨であり,垂直的には十分な骨量が存在している。しかし,CT像(図2 )を前歯部,小臼歯部,大臼歯部と並べてみると,顎骨の傾斜が変化しているのが理解できるだろう。この傾斜を頭に入れて,ドリリングを行わないと顎骨外に穿孔してしまうのだ。
上條雍彦氏の『口腔解剖学1骨学』(アナトーム社)に紹介されている日本人の下顎歯牙歯軸傾斜角度の平均値は,有歯顎の場合,下顎中切歯部で90°,小臼歯部で96.4°,大臼歯部で108.6°,智歯部で114°となっている。しかし,歯が喪失することで頬側歯槽骨が吸収して来るため,大臼歯部では,さらに角度が大きくなり120°に達することがある。大臼歯部のこの角度はパノラマX線写真だけでは把握できず,垂直的に骨量が十分であるという認識でドリリングすると,当然,舌側に穿孔する。穿孔したドリルの先には,舌筋,顎下腺,舌動静脈などがあり,一瞬で傷つけてしまう。下顎大臼歯部は顎舌骨筋の後方であるため,出血は直接上頸部へ広がっていき,容易に上気道の狭窄を招き呼吸困難に陥らせてしまう。
インプラント治療は,咀嚼障害を持つ患者が,義歯の装着感に悩み,「美味しいものをしっかり噛み,食べたい」という欲求を満たすために,高額な治療費を払って受けるものである。しかし,命と引き替えになることは許されないし,神経麻痺が残るようなことでは,患者は満足しない。
より安全でより安心な,インプラント治療を各先生が行えるよう,術前の検査を怠らないようにし,解剖学的知識をつけるべく勉強して欲しい。

【図1】

【図2】

《DENTAL TRIBUNE 2009年10月Vol. 5 No. 10 P8より》
 

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