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失敗しないインプラント治療のために ―知っておきたい局所解剖 Vol.3―

朝日大学歯学部口腔病態医療学講座インプラント学分野教授 永原國央

朝日大学歯学部口腔病態医療学講座インプラント学分野教授 永原國央

水. 26 12月 2012

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Vol.3 頬動脈 -走行の把握が難しい頬動脈- 頬動脈という名前を聞き,「え?」と言ったことのある先生はいないだろうか。「この動脈はどこを走っているのか」なんて思ったことはないだろうか。そして「インプラント治療に関係があるのか?」といった声まで聞こえてきそうである。

頬動脈は,頚部で最も太い総頚動脈が内頚動脈と外頚動脈に分かれる。外頚動脈が上甲状腺動脈,上咽頭動脈,舌動脈,顔面動脈,後耳介動脈,後頭動脈と枝を出した後に顎動脈の枝を出す。この顎動脈は図1に示したように深耳介動脈,前鼓室動脈,中硬膜動脈,下歯槽動脈,深側頭動脈,咬筋動脈,翼突筋枝,後上歯槽動脈,眼窩下動脈,下行口蓋動脈,翼突管動脈,蝶口蓋動脈,そして,頬動脈の枝を出す。頬動脈は,頬筋,外側翼突筋,咬筋,側頭筋および頬腺に分布する。また,顎顔面領域に分布している顎動脈の枝でもあり,下歯槽動脈とほぼ同じ太さのものである。

【図 1】 顎動脈の経過中に起こる主な枝
〔上條雍彦: 口腔解剖学第3版, 脈管学(基礎編), アナトーム社, 2006, p489より引用〕

頬動脈は,実際の解剖学の図譜でもその走行を把握するには非常に難しいところがある。図1は上條雍彦著『口腔解剖学』(アナトーム社)から引用したものであるが,全くどのあたりを走行しているのか見当がつかない。図2に筆者がその経験から作成した頬動脈の走行を示した。下顎肢の上方の内側から外側にS字状に曲線を描きながら下降し頬筋部に入る。一般的に,埋伏智歯を抜去する際の遠心部への延長切開,また,下顎前突症に対する外科的矯正手術である下顎枝骨切り術の粘膜切開時に切断してしまうことがある。特に下顎枝骨切り術では,下顎枝を全周にわたり剥離していく必要性があるため,最初の粘膜切開が下顎枝の前縁に沿って筋突起部まで延長する。そのため臼後三角上方(図2 矢印)でよく遭遇し,うまく避けて粘膜切開を行わないと,かなりの出血が起こる。太さはマッチ棒ぐらいであるが,気付かないで切ってしまった場合,術者の顔を直撃するぐらいに血液が放物線を描くことになる。放置すると1分ぐらいで少なくとも200mLは出血する。

【図 2】筆者の経験から示した頬動脈の走行

出血しても知っていれば対処可能
これを知っていて切った場合と知らずに切ってしまった場合では,術者の精神的ストレスと出血に対する処置は大きく変わる。一般的には,出血点は頬動脈1本なので,出血点を落ち着いて見極め,止血鉗子(モスキート)曲でつまんで,電気メスで焼き,縫合糸で結紮すれば,問題なく止血できる。しかし,予想もせずこのような出血が起こってしまうと,慌ててしまい何をしてよいのかわからず,むやみやたらと電気メスで焼いたり,ガーゼを詰め込んで,縫合したりしてしまう。すると,術後に開口障害,ひどい腫脹と皮下出血,挙げ句の果ては大きな瘢痕が残り長期間痛みが続くことになる。
その頬動脈を避けるために,下顎の臼歯部,特に7番あるいは8番へのインプラント体埋入手術,あるいは,下顎枝部からの自家骨採取術の際には,①遠心部への延長切開をやたら長くしない②頬側の粘膜を,メスを持っていない側の手の人差し指で,十分頬側に圧排しながら確実に歯槽部粘膜を骨面上で切開しながら遠心部に延長するといった2点を注意することである。しかし,避けても避けられず切ってしまう場合もあるので,出血に対する処置を落ち着いてできるような経験とそのための器具の準備が必要である。

《DENTAL TRIBUNE 2009年9月Vol. 5 No. 9 P7より》

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